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神戸地方裁判所 昭和62年(ヨ)527号 決定

債権者 岩宮利政

債務者 日工ゲート株式会社

主文

債権者の本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

事実

一  申立

1  債権者

(一)  債務者は、別紙第一目録記載物件(以下「本件第一物件」という。)及び同第二目録記載物件(以下「本件第二物件」という。)を製作し、販売し、または右各物件の据付工事をしてはならない。

(二)  債務者の本件第一物件及び本件第二物件に対する占有を解いて、神戸地方裁判所執行官に保管を命ずる。同執行官は、その保管にかかることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。

2  債務者

本件仮処分申請を却下する。

二  主張

1  債権者

(一)  申請理由

(1) 被保全権利

イ 債権者は、別紙第三目録記載の実用新案(以下「本件考案」という。)につき、昭和六〇年六月二〇日出願公告、平成元年四月四日登録を経て実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を取得した。

ロ 債務者は、現に本件第一物件の製作、販売、据付工事をし、本件考案を実施している。

ハ 従つて、債権者は、債務者に対し、本件実用新案権に基づき、債務者の右権利侵害行為の差止を請求することができる。

ニ 債権者は、別紙第四目録記載の意匠(以下「本件意匠」という。)につき、昭和六二年四月七日登録を経て意匠権(以下「本件意匠権」という。)を取得した。

ホ 債務者は、現に本件第二物件を製作、販売、据付工事をし、本件意匠を実施している。

ヘ 従つて、債権者は、債務者に対し、本件意匠権に基づき、債務者の右権利侵害行為の差止を請求することができる。

(2) 保全の必要性

そして、債権者は、債務者の右権利侵害行為により著しい損害を被つているので、その差止を求める本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本案判決の確定を待つていては損害が甚大になるので、本件仮処分申請に及んだ。

(二)  抗弁に対する認否

(1) 抗弁事実(1)イは認める。

(2)イ 抗弁事実(1)ロは否認する。

ロ 債務者会社が商号を日工ゲート株式会社と変更するまでは、債権者が実質上全株式を保有し、その代表取締役として経営全般を主宰するという債権者の個人会社であつたから、その法人格は否認されるべきである。

債務者主張の考案に関係のある期間の人的構成のうち役員構成について言えば、常勤の取締役は代表取締役としての債権者のみであり、その他は非常勤のほとんど名前だけの役員である。

また右の期間における従業員構成のうち特記されるべき事情は次の通りである。

(イ) まず井本秀景は、昭和五五年一月から営業社員として給与を支給されているが、当時同人が鳥取大学在学中であつたため、仮採用という形をとり、同年四月から正式入社したものである。ところがその後同年八月頃病気により約三か月間入院し、同年一〇月退職したものである。結局同人は、病気療養中はもちろんそれ以前も実質的な営業社員としての仕事は殆どできていなかつたものである。

(ロ) 次に川嶋元二は、兵庫県神戸土地改良事務所定年退職後、債務者会社にその経歴を利用した「営業用の顔」(営業顧問)として入社してもらつたもので、週一回二ないし三時間くらい出社していた程度で実働も殆どなかつた。

(ハ) 酒井義男は、入社後わずか三か月の試用期間中に退職したもので、実際上の戦力と言えるような存在ではなかつたものである。

(ニ) 森信夫は繊維会社社員から転職した営業担当社員で、しかもその入社は北淡町役場向の製品の納入等がほとんど完了していた昭和五六年二月であることからして、本件考案の完成等に関係を有する者ではない。

(ホ) またその余の岩宮はるひは債権者本人の長女で芝地純代と共に単に事務を担当していた事務員にすぎない。

(ヘ) 結局債務者主張の本件考案に関係ある期間においてすら、本件考案の完成に利用ないし協力でき得るような人間が一人もいなかつた。

ハ また債務者の主張する意匠創作に関係のある期間の人的構成のうち役員構成についても、債権者、脇務、小谷泰三以外の役員は日工からの出向という形の非常勤役員であり、しかも右脇及び小谷についてもいずれも日工からの出向役員で、水門関係については全くの素人であり、格別債務者会社役員としての戦力になりえなかつた存在なのである。また、その従業員構成においても、その入社年月日・担当職種からして原田寿、神沢一吉、深井務の三名以外はそもそも意匠の創作に協力利用できるような人間でなかつたことも明らかである(右三名以外の技術系社員は土井健のみであるが、その入社年月日は昭和六〇年四月である。)。

そして、原田は、明らかに意匠の創作に関与しておらず、右神沢は専ら完成した本件意匠をPRするための構造・強度計算を、右深井は本件意匠に基づく具体的な製品の実施設計やチラシの作成等の広告活動等にそれぞれ関与したものにすぎず、いずれも本件意匠の創作に関与したものでない。

また、右の人的構成からしても、営業・経理・人事その他の具体的日常業務の殆ど全ての事項を債権者が自ら直接或いは少なくとも間接的にせよ手がけていたものであり、債務者主張の「役員報酬」も格別に「技術開発ないし研究」の報酬として支給を受けていたものではなく、右の全ての職務に対するものとして支給を受けていたものである。

(3) 抗弁事実(1)ハは認める。

(4) 同(1)ニは否認する。

(5) 同(1)ホは否認する。

本件考案の完成時期は昭和五二年であり、本件意匠の完成時期は昭和五八年夏頃である。

(6) 同(1)へは否認する。

しかしながら、債務者会社は、とりわけ河川機工の当時、債権者の実質的な一人会社というだけでなく、個別製品の受注・製作・販売等を含む営業活動、資金調達その他の経理、さらには人事に至るまで具体的な日常業務のほとんど全てを代表取締役であつた債権者が自ら直接に手がけていた弱小零細企業であつた。

従つて債務者会社は、右の当時債務者が言うような「技術部門」であるとか「技術部門の最高責任者」であるとか或いは「技術担当取締役」とか言うような概念や言葉自体が観念的にせよおよそ成り立ち得ないような企業であつたものである。また、債権者の具体的な職務も、営業、経理、人事その他種々雑多な瑣末的な事項を含むあらゆる日常事務全般の処理にまで及んでいた反面、格別に水門関係製品の開発・製造方法の改良等をその職責とするというような取り決めはもちろん、事実上の職務分掌すら存在していなかつたのであり、債務者の言う「水門関係製品の開発・製造方法の改良等の任務」というものも仮にそれが存するとしても、右のような広範囲な職務の一環として抽象的観念的に存したものにすぎないことがまずもつて銘記されるべきである。

また、本件考案の完成した昭和五二年当時、また、その後昭和五五年五月末までは、会社は、旧タイプの転倒ゲートの権利者であつた日豊鍛冶春工業の販売総代理店という地位にあつて専ら旧タイプの転倒ゲートの販売等の代理をその業務内容としていたものである。そのような会社の業務内容からして旧タイプと競合し、その旧タイプの販売等を減殺させる本件考案の製作等を行うことは、右代理店契約上の義務としても許されず、それは当時の会社の具体的な業務範囲には属していなかつたものというべきである。

従つて、本件考案は、会社の設立目的には含まれるとしても、当時の会社の右業務内容からして、少くとも債権者の職務に属するものでなかつたものというべきである。

この意味からも本件考案が職務発明であるとする債務者主張の抗弁は失当である。

(7) 抗弁事実(1)トは否認する。

そもそも発明に関して「会社の業務活動を通じて職務上知得した知識・経験」すらも会社の便益供与とすることは職務発明の要件とされるべき「便益供与」の範囲を逸脱するも甚だしい。それでは少なくとも技術系の被用者が使用者の業務に関連する発明をしたときは全て職務発明とされるべきことになり、職務発明につき「便益の供与」を要件とした意味が失われることは明らかである。

またその他の「高給の支給」や「会社の提供した人的・物的・資金的諸便宜の利用」が、「一般的」に「常態である」と言えるかどうか自体も疑問である。会社の技術部門の最高責任者の役員が常にかならず「高給」をもらつているとはかぎらないし、ましてや会社の提供した人的・物的・資金的便宜の利用が常にあるとはかぎらない。

そしてさらに、債務者会社から債権者が支給を受けていた役員報酬も右の全ての職務に対するものであつて、格別「技術開発」に対する報酬として支給を受けていたものではない(なお右の如き内容の報酬の支給をもつて債務者会社が本件考案及び意匠の完成について相当の便益を提供したものとされるべきでないことは明らかである。)。

本件においても債権者が債務者主張の役員報酬を専ら本件考案の「研究・開発」に対する役員報酬として受けていたのであれば格別、右のような日常業務全般の処理という職務に対する報酬(特に日豊鍛冶春工業との代理店契約が終了する昭和五五年五月以前の分は実質的な意味における「販売会社」の代表取締役としての報酬でしかない)、またそれと並んで多分に事実上の利益配当という性格を併せもつたものとしてその給付を受けていたものである以上、右債務者主張の「役員報酬」をもつて本件考案に対する職務発明についての便益供与と解されるべきではない。

(8)イ 抗弁事実(1)チないしルは否認する。

ロ しかしながら、そもそも債務者主張の期間は、本件考案についてもまた本件意匠についても、いずれもそれぞれ本件考案、本件意匠の完成以後の期間を主張するものであり、まずその点自体において、債務者の主張が失当である。

また、債務者主張の債務者会社の人的構成その他から見ても債権者が受けていた報酬が本件考案及び意匠創作についての便益供与でないことが、より一層明瞭となる。

右の人的構成からしても、当時の債務者会社は債権者が実質的に全株式を保有する実質的な一人会社というだけでなく、個別製品の受注・製作・販売等を含む営業活動・資金調達その他の経理、さらには人事にいたるまで具体的な日常業務の殆ど全てを代表取締役であつた債権者が自ら直接に或いは少なくとも間接的にせよ手がけていたことも明白である。

従つて、債務者会社から債権者が支給を受けていた役員報酬も右の全ての職務に対するものであつて、格別に「技術開発ないし研究」の報酬として支給を受けていたものではない。またその額自体もその職務内容を考慮すれば非常勤取締役である岩宮敏子、前記営業顧問の川嶋元二、その他の従業員の報酬・月額給与・賞与額等と比較して決して多額なものといえないことは明らかである。さらにまた債務者主張の「役員報酬」は右の実質的役員報酬という趣旨のほかに、債務者会社が当時債権者の一人会社であつたこと等から、事実上の利益配当という性格も併せて有していたものとも考えられるのである。

そもそも職務発明に対する便宜供与は、考案の完成に何らかの関連性があればよいというものではなく、考案の完成に向けられた便宜供与であり、しかも使用者側に当然の無償かつその権利存続期間内においては無期限の強力な(登録しないでも特許権又は専用実施権をその後に取得した者に対しても効力を生ずることにつき特許法九九条二項)通常実施権を付与するに応しいものでなければならない。

また、その額自体も日工から役員として出向してきたものの、債務者会社役員として格別の戦力にもなり得なかつた脇・小谷が、それぞれ昭和五九年には総支給額金七一八万七七八五円、金六四八万六五二〇円、昭和六〇年には金七三五万五四三〇円、金六九六万九六〇〇円と、代表取締役社長たる債権者本人(右の当時金七二〇万円)以上若しくはそれと大差ない報酬を受けていること、その他の単なる従業員の受けていた給与等との比較から言つても決して多額なものと言えないものであることは明らかである(むしろ債権者の職務内容・経歴その他から言つて特に右脇・小谷の役員報酬との比較から言えばむしろ少額とも言える。)。

(9)イ 法が職務発明として使用者に通常実施権を無償で付与しているのは、「使用者が被用者に対し、かかる発明を命じた場合のみならず、その業務の範囲に属する技術問題についてその進歩改良のために研究すべきことを命じ、あるいはこれを期待して発明者にたいし相当の便益を供し、よつてかかる発明を完成する機会を与えた如き場合には、かかる発明に対する使用者の間接的寄与に報いるためこれに実施権を認め、」もつて使用者と従業者との間の利益調整を図るためである。

これを逆に言うならば、その発明考案が被用者の職務に関連するものであつたとしても、使用者がその発明等の完成に対し、「相当の便益を供」していない場合には「発明者の職務に属する考案ではない」として、使用者に「職務発明」としての通常実施権を与えるべきではないのである。そうでなければ、使用者は何らの寄与なしに単に職務に関連する発明というだけで無償の実施権を法律上当然に取得することとなり、甚だしく公平を失することになる。

そして右の「相当の便益」とは、どんなささいな寄与でもよいというのではなく、その発明・考案の内容等からして使用者側に無償の実施権を与えるに相応しい「相当」なものでなければならない。

本件考案は、債務者の総売上高の約二〇ないし二五パーセント、金額にして年間五〇〇〇ないし八〇〇〇万円の売上を有するものであり、その粗利益は四〇ないし四五パーセントで、実施料もその販売価格の五ないし一〇パーセントが通常である。一方本件意匠も年間一二〇〇ないし一五〇〇万円の売上を有し、粗利益は約三五パーセントで実施料も販売価格の四ないし五パーセントが通常である。

本件考案ならびに本件意匠について職務発明であることを肯定することは、右について少なくとも実用新案について公告から一〇年(実用新案法一五条)意匠については登録から一五年(意匠法二一条)、当然かつ無償で実施権が債務者に付与されることになることが銘記されるべきであり、前記「相当の便益の提供」の存否については右の点が充分に考慮されるべきである。

更にまた、考案、創作の完成そのものに対してではなく、考案、創作完成後の具体的な製品化や商品販売のためのPR等に対する使用者側の寄与をもつて右の職務発明とされるに必要な「相当の便益」と解することはできないことは論をまたないところである。

ロ これを本件考案についてみると、本件考案の製品がいずれも河川の状況等その設置条件に応じたいわゆるオーダーメイドであり、個別的な製品製作の度毎に製作図面の作成等が必要となることは当然であつて、これを考案の完成に対する債務者の寄与と混同すべきでないことが特に注意されるべきである(この点については本件意匠も同様である。)。

債務者主張に言う発明考案の完成について必要とされる「技術的内容の具体化、客観化」が何を意味するのか、どういう場合に「具体化、客観化」があつたと言えるのかはかならずしも明らかでないが、右債務者主張に関するかぎり、その具体化、客観化とは「図面化」或いは「物品化」(具体的な図面にしたり物を作つたりすること)を意味するものと債務者は解しているようである。確かに発明・考案の完成については、一般的に発明の技術的内容がその技術分野における通常の知識経験をもつ者にとつて反覆実施できる程度にまで具体化・客観化されていなければならず、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明として未完成であるとされている。

しかし、そこで言う「具体化・客観化」というものは、その技術の内容が抽象的架空的なものであつたり、特殊個人的な技巧や伎倆を要したりする等産業上の利用可能性がないものであつてはならないということであつて、かならずしも債務者が言うような「図面化」・「物品化」或いは「文章化」を意味しているのではない。そこで問題にされているのは、技術の「内容」自体であつて、その技術内容の「表現形式」ではないのである。前記債務者の主張は両者を混同するものであり、その不当性は明白である。

そしてまた本件考案は北淡町役場向の製品の販売納入以前の段階で、既に完成していたものである。そのことは、右北淡町役場からの発注を受ける以前、ほぼ時期を同じくして、北淡町以外に、竜野土地改良事務所、兵庫県土地改良連合会、城崎町(豊岡土木事務所)に対し売り込み、引合いのため具体的製品のための組立図のみならず計算書・材料表の作成(材料チエツク)までがなされていることに端的に示されているのである。けだし、考案の技術的内容がその技術分野における通常の知識・経験をもつ者にとつて反覆・実施できる程度にまで具体化客観化されていなければ、換言すればすなわち考案として既に完成されていなければ、右のような具体的、個別的なしかも複数の製品の組立図、計算書、材料表(材料チエツク)までが作成されることは考えられないからである。

右北淡町役場向け製品等に関する債務者の関与は、すべて本件考案の具体的個別的な製品の販売納入に関するものにすぎないから、右をもつて債務者が職務発明に対する「相当の便益」を供与したものとすることはできない。

本件考案は、債権者自らの創作にかかる別紙第五目録記載の実用新案(以下「旧考案」という。)に若干の改良工夫を加えたものであつて基本的・技術的な構造それ自体は旧考案に依拠しているため、本件考案の実施にあたつても、その製作図等は旧考案のものを基本的には流用できる。それ故、北淡町への具体的な製品販売納入のための製作図等についても、旧考案の製作図等をもとにその改良工夫点を債権者が具体的に指示して、今井設計事務所がこれを機械操作的に製図しただけで出来上つたものなのである。

要するに本件考案の構成要件は油圧配管方式を含めて、北淡町役場向の製品について洲本土木事務所の事前審査の段階から完成していたものであつて、これを原田が昭和五六年二月頃に完成させたとする債務者の主張は理由がない。

なお債務者は北淡町及び城崎町向の製品の設計製作費も会社の費用負担により行なわれたとし、これを考案完成に向けられた便益の供与と主張する。しかしながら、右費用は全て販売代金の中に含まれているものである。これが右便益の供与にあたるならば被用者の発明を利用実施して使用者が製品を販売した場合(本件の場合もまさにそれである。)は全て職務発明となり、その不当性は明白である。

ハ 深井は、アーチプレートの製品化、具体的な製品のための実施図面の作製・実施設計、さらには販路拡大PRのための強度実験や広告用チラシの作成等に関与していたにすぎず、本件意匠の創作そのものに関与していたものではない。

本件意匠は深井が入社する以前に債権者が既に債務者会社の便益の供与なしに創作していたものである。右深井の関与をもつて本件意匠の完成に向けられた便益の供与とする債務者の主張は失当である。

また、神沢は、構造解析、強度計算の専門家であつて、水門関係について独自の水門型の創作をできる能力等を備えた人物ではなく、既に存在する構造物を前提にその構造計算、強度計算をするのがその仕事であつて、本件意匠の関係でも債権者自らが創作した意匠を前提に「その販路の拡大、PRのため」その構造計算、強度計算を行なつたのである。従つて、神沢の構造計算、強度計算の前提として債権者の本件意匠の創作が前提として存在したのであつて、それが存在しなければ神沢の構造計算、強度計算も不可能なものである。

そして、深井は、前述のとおり債権者自ら創作にかかる本件意匠、それに対する神沢の構造計算、強度計算をもとに個々具体的な製品の実施図面の作成、広告用チラシの作成、強度実験の実施等を担当したものにすぎない。

なお、債務者は意匠の創作について、実用新案の完成と同様、図案化ないし物品化を要すると解するようである。しかしこの点についても、意匠を物品の形状等を通じていわゆる意匠的「型」として表現されていることを要すると解されていた旧法とは異なり、意匠においても考案を保護するものとの観念の強い現行法の下においては、その創作に図案化、物品化を要するとされるべきかは疑問の余地がある(意匠の出願登録について図面化或いは物品化が必要とされることは当然であるが、特に職務発明との関係で「意匠の創作・完成」を考えるとき、その図面化或いは物品化が必要であるかは疑問である。)。

本件意匠は、債権者自らの創作にかかる別紙第六目録記載の登録意匠(以下「旧意匠」という。)の創作を通じてすでに完成されていた。しかし、その機能効用を発注者である役所(北淡町)に理解してもらいその認定を経たうえ販売納入実績を積み重ねていくため、実際の数値による理論的解析や強度テストが必要であると考えて実行したのが神沢への研究委嘱や強度テストである。

いずれにせよ、本件意匠は少なくとも昭和五八年夏頃、最初の図案化がなされている。

ニ 以上のとおりであり、債務者の主張する会社の関与なるものは、具体的個別的な製品の販売納入や構造計算、強度テストのための供試品製作等の為のものであつて、本件考案並びに意匠の完成自体に直接関係を有するものではないのである。

右のような本件考案並びに意匠の完成自体に直接関係を持たない会社の関与をもつて、「職務考案」の要件を満たすものとすることは、明らかに法の趣旨を没却するものであつて失当である。

(10) 抗弁事実(1)ヲは否認する。

(11) 抗弁事実(2)のうちイ、ハは認めるが、その余は否認する。

(12) 抗弁事実(3)のうち、本件考案が昭和六〇年六月二〇日出願公告されたこと、本件意匠が同年一〇月一一日出願され、昭和六二年四月七日登録されたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  再抗弁

(1) 法定実施権の不取得

イ 本件考案が完成したのは河川機工の時代であり、かつ河川機工は、債権者が実質上全株式を保有し、また代表取締役としてその経営全般を主宰するという債権者の完全な個人会社であつて、その従業員構成からしても河川機工は、債権者とは別個の法人格を有するといえるような会社ではなかつた。

そして、債務者は、昭和五八年八月頃、日工株式会社の資本参加を受け、役員構成においても日工株式会社からの役員派遣がなされており、その資本構成、役員構成その他の点において河川機工とは全く別個なものとなつている。

従つて、両会社間の法人格の同一性を肯定することができず、少くともそのような現在の会社が右河川機工時代の債権者の職務発明を理由として本件考案に対する法定実施権を主張することは許されない。

よつて、債務者は、本件考案につき法定実施権を取得することはできない。

ロ 債権者は、債務者会社の代表取締役社長として営業活動や経理、人事等殆どすべての具体的な日常業務の決定遂行を職責としたものであり、単なる「技術担当の責任者」というような存在ではなかつた。

そもそも法が「その性質上当該使用者等の業務範囲に属し」かつ「その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業員等の現在又は過去の職務に属する発明について」、使用者等に当然かつ無償のしかも権利の存続期間内においては無期限の強力な通常実施権を与えているのは、使用者等が右発明等の完成に対し「相当の便益を供し」ていることに根拠を有する。

そして、右の「便益供与」は、どんなささいな便益供与であつても良いというのではなく、使用者等に前記の当然かつ無償の強力かつ無期限の通常実施権を与えるに相応しいものでなければならない。

そして「職務に属する」という要件は、職務発明の前記制度趣旨から考えれば、例えば使用者等が従業者等に当該発明に関しての研究・開発をすることを命じて給与を支払つていた場合の給与等を含めた、広い意味での「相当の便益の提供」と裏腹の関係にあるものと言うことができ、実質的に考えて使用者等に右の「相当の便益の提供」があつたときにはじめて、右「職務に属する」という要件の充足があるものと言うべきである。本件の場合も職務発明が成立するか否かは、つきつめればまさに債務者会社に職務発明に基づく通常実施権を与えるに相応しい相当な便益の提供があつたと言えるかどうかにかかるものと言うことができる。そして、それが肯定されるか否かは単に抽象的・一般的に「技術部門の最高責任者の役員による発明が会社の便益供与と無関係になされることは実際上有り得ない」とか「技術担当の責任者として行なつた」と言うだけで足りるものではなく、具体的な債務者会社の人的・物的構成や業務内容、債権者の職務内容と債務者の提供した便益の供与の有無・内容さらには発明の成立過程やその内容その他の具体的個別的な諸事情が相関的に考慮されるべきなのである。

また、従業者等が給与・報酬を受けていたとしてもそれが直ちに職務発明についての便益供与とされるべきでないことは明らかである。それがどのような職務に対して支給されたものであるかを考慮しなければならないことは当然である。債権者が専ら「技術開発」のみをその職務とし、その職務に対する給与・報酬としてその金員を受けていたのであれば格別、中小企業の代表取締役社長として営業活動や経理、人事等殆どすべての具体的な日常業務の決定遂行をその職責としていた債権者の職務内容、とりわけ債務者会社が昭和五五年五月末の代理店契約解消までは日豊鍛冶春工業の総販売代理店であり、債権者も実質的な販売会社の代表取締役という地位にあり、しかも旧考案と競合する本件考案を開発しかつ実施することは右の代理店という立場上なしえなかつたこと等その他の事情からして、債務者から支給を受けていた役員報酬は、使用者たる債務者会社が本件考案並びに本件意匠の完成・創作のために供与したものとは言い得ず、職務発明の実質的要件である相当の便益の供与と言うに相応しいものでなかつた。

しかしながら、職務発明の成立につき実質的に要求されるべき便益の供与とは発明の完成に向けられ、発明の完成のために使用者が提供した便益供与を意味するのであり、使用者側に職務発明に基づく通常実施権を肯定するに相応しいものでなければならない。

債務者の主張する転倒ゲートの販売納入の実施を通じ得た知識、経験ということも、例えば、使用者等がその研究の一環として、当該発明の研究・開発のため、従業員に命じて発明に関連する製品の販売・実施を経験させるような場合であれば格別、本件の如くたまたま債務者会社が旧転倒ゲートの販売代理店として、旧転倒ゲートの製作、実施を行ない、債権者がその代表取締役としてそれに従事していたにすぎない場合にまで便益の供与があつたとするのは、無限定に職務発明の成立を拡大するもので不当である。

また、会社に存する豊富な他社の資料等の技術情報という点も、その技術情報の獲得・入手等それ自体に例えば独自の研究を行うなど相応の費用が必要であつたというのであれば別論として、右のような旧ゲート製品の販売納入のための資料としてたまたま債務者会社に保有されていたにすぎない資料の活用をもつて、職務発明の成立に必要な便益の供与とすることは、右と同様無限定に職務発明の成立範囲を拡大するもので不当である。

また、「労働の成果」という点も「職務に属するものであれば」という前提があつてはじめて言い得ることである。そして「その職務に属するかどうか」という点は、使用者等が発明の完成のためどのような便益の供与をしたかということと密接不可分の関係にある。

これを逆に言えば、使用者が発明の完成のために職務発明の成立を肯定するに相応しい便益の供与があつたときには、その発明は「職務に属するものとなり」そしてかつまたそれは「労働の成果」として使用者に還元されなければならないと言い得る。

要するに、債権者は、本件考案につき債務者から通常実施権を付与するに相当の便益の供与を受けていないので、債務者は、本件実用新案権につき通常実施権を取得しえない。

(2) 本件実施契約の錯誤による無効

イ 本件考案についての通常実施料は年額四〇〇万円、本件意匠権についてのそれは年額七五万円を下ることはない。

ところが、本件実施契約においては、「特許申請に係る諸費用」の支払のみが債務者の負担とされているだけで、実施料そのものが無料とされており、実質的には無償契約に等しい。

債権者がこのような契約を締結したのは、本件実施契約締結以後も債権者が債務者会社の代表取締役の地位にとどまることをその動機として、かつまたそれが黙示的に表示されていた。

ところが債権者は、昭和六二年五月代表取締役を事実上解任され、同年六月八日付で辞任させられた。

ロ そもそも、無償契約の場合には、「何故無償の契約を締結したか」という狭義の動機が重要であり、その点につき錯誤があれば要素の錯誤があるとされている。

本件実施契約締結の時点において、債権者は、今後も代表取締役にあり続け、債務者会社の経営権を掌握しうるから無償で実施させようとした動機の点において重大なる錯誤が存し、かつ右動機は、同契約締結当時、債務者に対しても黙示的に表示されていたから、債権者における右錯誤は、本件実施契約における要素の錯誤となり、同契約は、無効であるといわねばならない。

(3) 本件実施契約の事情変更の原則に基づく解除

イ 本件実施契約は、債権者が代表取締役の地位にとどまることをその前提ないし基礎とされていたが、債権者が前記(2)のとおり実質的に解任されたから、本件実施契約の前提・基礎事項に変更があつた。

ロ 右の事情の変更そのものは、債権者には同契約締結当時予見不可能であつた。

債務者は、債権者の個人会社であつたが、昭和五八年九月の日工株式会社の資本参加後も債権者は、なお四三パーセントの株式を保有し、右資本参加は債権者と会社にとつては新製品販路拡大のための事業投資を可能にするものであるという理解の下にこれを受入れたものであつて、その事業投資故の当初赤字を理由に債権者が代表取締役の地位を実質的に解任され、債務者会社の経営権を奪われることは予想できなかつた。

ハ そしてまた、本件工業所有権を含め、「今後有する特許権」についてさえ、債権者が代表取締役の地位を解任された以後も、なお無償で債務者会社にその実施を認めることは、信義則上も極めて苛酷な結果を招来することになる。

ニ よつて、債権者には本件実施契約について事情変更の原則に基づく解除権が認められるべきである。

そこで、債権者は、昭和六三年一〇月二八日、債務者に対し、右解除権の行使として本件実施契約を解除する旨の意思表示をしたから、同契約は、同日終了した。

(4) 本件実施契約の期間満了による終了

本件実施契約の存続期間は昭和六三年八月三一日までであるところ、債権者は、昭和六二年七月六日債務者に対しその更新を拒絶する旨の意思表示をしたから、同契約は、昭和六三年八月三一日をもつて終了した。

(5) 信義則違反

イ 債務者は、本件考案及び本件意匠につき、自らが作成したパンフレツトその他においてその権利性・有効性を前提にして対外的な広告活動を行つてきたものである。

ロ また、本件考案の出願は、当初債務者会社の旧商号である「株式会社河川機工」名義でなされたものである。

ハ さらに債務者は、債権者の本件考案等につきその権利性・有効性を前提に本件実施契約を締結し、その登録諸費用並びに登録料も右実施契約に基づき債務者会社が実質的に出捐していたものである。

ニ そして債務者は、今日現在も本件実用新案権及び本件意匠権を実施して大きな利益を上げているものである。

ホ しかもまた、債務者が無効原因として主張している実施その他の「行為」は、いずれも債務者自身の行為であり、債務者は右債務者主張の無効原因「行為」を自ら行つておりながら、右イないしニ等の諸行為を行つているものである。

ヘ 債務者は、本件仮処分事件において、本件実用新案権及び本件意匠権を前提にして、職務発明並びに実施契約に基づく通常実施権を主張しているものである。

ト なおまた債務者の登録無効の審判請求は、本件仮処分の必要性を否定するためだけになされたもので、本件仮処分の必要性が否定されれば右無効審判請求を取り下げ、結果的に本件実用新案権及び意匠権に対する自己の実施権を確保するという不正な意図によるものとの疑いが強いものである。

チ 以上のとおりであり、債務者会社は、本件考案及び本件意匠を自らが登録以前に実施等しておりながら、その後本件実用新案権及び本件意匠権の権利性・有効性を前提にした諸行動をとり、しかも現在もその実施により大きな利益を得ているものであり、そのような債務者会社が本件仮処分の必要性を否定するためだけという不正な意図をもつて本件実用新案権及び本件意匠権が無効であるとして登録無効審判を請求すること自体、またそれを援用して本件仮処分の必要性を否定することは、信義則ないし禁反言の法理に違背するものである。

2  債務者

(一)  申請理由に対する認否

(1) 申請理由(1)イ、ロ、ニ、ホは認める。

(2) 同(1)ハ、ヘは否認する。

(3) 同(2)は争う。

(二)  抗弁

(1) 職務考案、職務意匠による通常実施権

イ 債務者は、昭和四四年八月一日、商号を株式会社河川機工とし、目的を水門その他水路構造物の設計、製作、据付工事等として設立され、昭和五八年八月その商号を日工ゲート株式会社と変更した。

ロ 本件考案及び本件意匠の創作に関係のある期間における債務者会社の人的構成は次のとおりであり、その間会社は独立した法人格を有していた。

(イ) 考案に関係のある期間(昭和五五年九月末から昭和五六年三月末までの間)の人的構成

代表取締役社長  岩宮利政(債権者)

取締役(非常勤) 岩宮敏子( 〃 の妻)

取締役( 〃 ) 岩宮武二( 〃 の親戚)

監査役( 〃 ) 池内正臣(税理士)

従業員 七名

(ロ) 意匠に関係のある期間(昭和五九年七月末から昭和六〇年五月末までの間)の人的構成

代表取締役社長  岩宮利政(債権者)

取締役      脇務  (日工(株)よりの出向)

取締役      小谷泰三(   〃      )

取締役(非常勤) 高井照治(   〃      )

取締役( 〃 ) 粟井暹 (   〃      )

取締役( 〃 ) 西川知良(   〃      )

監査役( 〃 ) 野村和郎(   〃      )

従業員 一四名

ハ 債権者は、昭和四四年八月一日から昭和六二年六月八日まで、債務者会社の代表取締役社長に就任していた。

ニ 本件考案及び本件意匠は、その性質上いずれも債務者会社の定款の目的に定められた水門製造の業務範囲に属するものである。

ホ 債権者は、昭和五六年二月本件考案を完成し、また昭和五九年八月本件意匠を完成した。

ヘ 債権者は、水門に関する技術の専門家であり、河川機工、日工ゲートを通じ、代表取締役社長として、経営方針を決定すべき任務を有していると同時に、技術部門の最高責任者として、会社の生産技術の改良考案を試み、その効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していたから、本件考案や本件意匠を完成する行為は、当然債権者の右役員としての職務に属するものである。

ト そして、一般に技術部門最高責任者たる役員は、会社から高給を受けているうえ、考案等に関して会社の業務活動を通じて職務上知得した知識・経験、さらには会社の提供した人的・物的・資金的諸便宜の利用等、会社のあらゆる便益供与の中で考案等が行われるのが常態であり、債権者も本件考案及び本件意匠の創作にあたり、次のとおり便益供与を受けているから、債権者は、本件考案及び本件意匠の創作をなすべき職務を有していたものということができる。

チ 本件考案及び本件意匠の創作に関係のある期間における、債権者が債務者会社から受けていた報酬は左記のとおりである。会社の規模(零細企業)、収益状況(昭和五五年度当期利益一一〇万円、昭和五九年度損失一八〇〇万円)、他の従業員の給与との比較からみると、債権者は社長としての相応の報酬を得ていたといえる。右報酬は、本件考案及び意匠創作についての便益供与に当たる。

(考案に関係のある年の報酬)

昭和五五年  五四〇万円

昭和五六年  五四〇万円

(意匠創作に関係のある年の報酬)

昭和五九年  七二〇万円

昭和六〇年  七二〇万円

リ 河川機工は、設立以来研究を重ね、旧タイプの倒伏ゲートに改良工夫を加え、遂に本件考案にかかる多段倒伏堰の新工法を完成するにいたつた。

債権者は、勤務時間中に、旧タイプの油圧ゲートの日豊鍛冶春工業のデータ多数を利用したほか、債務者会社の業務活動や諸資料を通じて知り得た技術情報に依存して本件考案を完成させた。

考案は、構想の段階で完成するものではなく、完成というためには考案の技術的内容が具体化し客観化されていることが必要である。

本件考案は、北淡町向け油圧式倒伏ゲートの設計組立図の完成によりはじめて具体的構成をとつて完成したが、本件考案の創作にあたり、債務者会社は、債権者のため、種々の人的・技術的・経済的な便益を供与した。

ヌ(イ) 債務者会社の設計技術担当従業員である原田寿(六年の経験を有する設計技術の専門家)は、北淡町向けゲートの設計製作に際し、旧考案の実用新案権を他社に譲渡ずみであつたので、昭和五五年一〇月頃債権者より「シリンダーを上下逆転した倒伏ゲートを作るように」と命ぜられたので(ほかには油圧配管・スイベルジヨイント等何の具体的指示もなかつた。)、その設計を今井設計事務所に外注した。しかし、同事務所は、倒伏ゲート設計の経験がなかつたため、原田は、旧考案のうち参考になる資料を今井に渡し、これを基礎にして今井が提出した設計図についても検討を重ねて修正し、最終の完成設計図を作製した。

原田は、油圧配管について自ら検討して粗図を画き、これを今井に渡してその製図を指示し、今井は、油圧配管施行要領図を作製した。

また、原田は、ゲートの製作について株式会社巴製缶に外注し、同社に出向いて組立図どおり製作されるように指導に当つた。

以上のように、原田は、設計から製作完了にいたるまでの間、債権者を補助し、設計技術者として協力したのであり、本件考案は、右協力によつてはじめて具体化し、完成したものである。

(ロ) また、その後昭和五六年五月に本件考案の応用として城崎町の豊岡土木事務所向倒伏ゲートが製作されたが、これについても仕様書提出の段階から原田が関与していた。

そして、右ゲートの外注による設計製作費も河川機工が費用負担している。

ル(イ) 本件意匠については、まず債権者の命を受けた債務者会社の設計技術担当従業員深井務が債権者に協力し、約一か月間構想を練り、昭和五九年八月二七日にアーチプレート型ゲートの基本図を作製した。

明石市向アーチプレート型ゲートは、深井が検討図を作り、強度計算をしたうえ、山本工業所に右検討図を示して設計図作成を依頼し、同工業所がこれを作製したものであるから、仮に前記の基本図が明石市向けの設計等を参考にして作製されたものであるとしても、深井が深く関与していることに変りはない。

深井は、右基本図作製後、債権者を補佐し、山本工業所に対し基本図に基づく具体的なアーチプレートゲートの設計を外注し、その指導を行なつた。

すなわち、竜野土地改良事務所向設計図(昭和六〇年二月)、三木土地改良事務所向設計図(同年二月又は三月)、豊岡市向設計図(同年三月)がそれであり、いずれもそれぞれの納入先の個別状況に応じ、基本図を変形して作製された設計図である。

また、同年六月神沢顧問のアーチプレート型ゲートの強度・構造計算の際、深井が作製した図面(疎乙第一〇号証)の中にも、この基本図がそのまま用いられている。

(ロ) 本件意匠も、また右基本図に基づいて作製された。すなわち、深井は、債権者の命により、昭和六〇年五月七日、アーチプレート型ゲートのPR用チラシを作成したが、その裏面に、右基本図に基づき、本件意匠図と同じ図面を作図して掲載した。

右作図について、深井は、債権者から何ら具体的指示は受けていない。

以上のように、本件意匠は、深井が作図したチラシ裏面の図面により完成したものであり、そのもとになる基本図自体も深井が作製したものである。

従つて、本件意匠は、深井の協力によりできたものである。

ヲ 従つて、債務者は、実用新案法九条三項、意匠法一五条三項、特許法三五条により、本件実用新案権及び本件意匠権につき、それぞれ通常実施権を取得した。

(2) 実施契約による通常実施権

イ 債権者は、昭和五八年八月二五日、債務者との間に、本件考案の仮保護権について債務者に通常実施権を許諾する旨の実施権設定契約(以下「本件実施契約」という。)を締結した。

ロ そして、本件実施契約の締結については、実施料が無償であつて債務者会社の利益を害しないから、商法二六五条所定の取締役会の承認は不要である。

ハ 債権者は、平成元年四月四日、本件考案につき実用新案権の登録を経由した。

ニ 従つて、債務者は、本件実施契約により、本件実用新案権につき通常実施権を取得した。

(3) 本件考案及び本件意匠の公知公用の無効審判請求

イ 本件考案の公知公用

本件考案は、昭和六〇年六月二〇日出願公告されたが、債務者は、右出願前である昭和五六年三月油圧式倒伏ゲートを製品化し、北淡町役場にこれを販売納入のうえ据付けられた。

従つて、本件考案は、昭和五六年三月に完成され、そのときに公知公用となつたから、本件考案は、「公然知られた考案」または「公然実施された考案」に該当するので新規性を欠き、実用新案法三条一項一、二号により登録を受けることができないものである。

そこで、債務者は、平成元年九月四日、本件考案につき登録無効審判請求をした。

ロ 本件意匠の公知公用

本件意匠は、昭和六〇年一〇月一一日出願され、昭和六二年四月七日登録されたが、債務者により出願前に公にされた〈1〉昭和六〇年五月七日作成のチラシの裏面記載の図面、〈2〉同年七月付で挨拶書のあるパンフレツトの一〇頁に記載の図面は、いずれも本件意匠の意匠図と同一のものであり、かつチラシやパンフレツトとして配布されている。

従つて、本件意匠は、昭和六〇年五月七日に完成され、そのときに公知公用となつたので、これが公知公用に該当することは明白である。

よつて、本件意匠は、意匠法三条一項により登録を受けることができないものである。

ハ 従つて、債権者は、現在においては、本件考案につき本件実用新案権を有し、本件意匠につき本件意匠権を有しているとしても、このような無効原因を内包する権利に基づく差止請求権の行使は緊急性の要請とは相容れないものであつて、満足的仮処分による応急的保護を与える必要性はない。

すなわち、本件仮処分申請につき保全の必要性がない。

よつて、債権者の本件仮処分申請は理由がないから却下すべきである。

(三)  再抗弁に対する認否

イ 再抗弁事実は、すべて否認する。

ロ 債権者は、本件実施契約が代表取締役であり続けることを前提としていたというが、契約上何らその旨の規定はない。

また、右契約が本件工業所有権につき無償の使用を許しているのは、右前提が契約の動機となつていたからであるとし、そのことは黙示的に会社に対し表示されていたというが、その事実もない。債権者は、昭和六二年六月八日代表取締役を辞任したとはいえ、本件仮処分申請当時はもとより、その後平成元年八月二二日任期満了時まで取締役として在任し続けていたのである。

そもそも本件実施契約は、日工株式会社からの資本参加を目前にして、債権者が急きよ会社の代表者として、債権者個人と契約したいわゆるお手盛の契約であり、債権者が一人で自由に締結したものであるから、動機を黙示的に表示したとか、会社が知りえたものであるとかいうような錯誤の理論をこの契約に当てはめようとすることは、それ自体無意味であるといわねばならない。

ハ 事情変更については、債権者は、代表取締役を解任されたのではなく、債権者が赤字の経営責任を認めて辞任したものであつて、代表取締役としてあり続けることができないことは当然予測できた筈である。

従つて、事情変更による契約解除の主張は失当である。

理由

第一本件考案について

一  本件実用新案権に基づく差止請求権の発生について

1  申請理由(1)イ、ロは、当事者間に争いがない。

2  本件考案が昭和六〇年六月二〇日出願公告されたことは、当事者間に争いがない。

3  右認定事実によれば、債務者がその主張にかかる通常実施権を取得しない限り、債権者は、債務者に対し、債務者が本件第一物件を製作し、販売し、据付工事をする等の行為について本件実用新案権による実用新案法二七条所定の差止請求権を取得しうることが明らかである。

二  職務考案による法定実施権の発生について

債務者は、本件実用新案権につき職務考案による通常実施権を取得した旨主張するので検討する。

1  職務考案とは、〈1〉従業者、法人の役員(従業者等)が行なつた考案で、〈2〉それが性質上当該使用者、法人(使用者等)の業務範囲に属し、〈3〉かつその考案をする行為が、従業者等の現在又は過去の職務に属するものをいうと解するのが相当である(実用新案法九条三項、特許法三五条一項)。

2  そして、職務考案について従業者等が実用新案登録を受けたときは、使用者等は、その実用新案権について通常実施権を取得することができる(実用新案法九条三項、特許法三五条一項)。

3  抗弁事実(1)イは、当事者間に争いがない。

4  成立に争いない疎甲第二三号証、疎乙第二九号証、第三一、第三二号証と審尋の全趣旨によれば抗弁事実(1)ロ及び債務者が昭和四四年八月設立以来現在まで(本件考案及び本件意匠の完成時を含む。)法人としての実体を継続して有していたことが疎明される(従つて債権者の主張(二)(2)ロは失当である。)。

5  抗弁事実(1)ハは、当事者間に争いがない。

右認定事実によれば、右(一)〈1〉の要件が充足されることが明らかである。

6(一)  前掲疎甲第二三号証によれば、債務者会社は、終始水門その他の水路構造物の設計・製作・据付工事等の業務を行なつてきたことが一応認められる。

(二)  審尋の全趣旨によれば、債務者会社の目的が水門その他水路構造物の設計・製作・据付工事等であることが一応認められる。

(三)  前記一1認定事実によれば、本件考案の対象はいずれも水門その他の水路構造物であることが明らかである。

(四)  右(一)ないし(三)の各事実によれば、本件考案が債務者会社の業務範囲に属することが明白である。

(五)  右認定事実によれば債権者は、前記(一)〈2〉の要件が充足されることが明らかである。

7(一)  本件考案の完成時期について、債務者は昭和五六年二月と主張し、債権者はこれを昭和五二年であると主張する。

(二)  そして、前記5認定のとおり、債権者は、昭和四四年八月以来右いずれの時期までも債務者会社の代表取締役社長の地位にあつたものである。

(三)  会社の設立当初より継続して代表取締役社長として会社の経営にあたるとともに、会社の技術部門担当の最高責任者であつた者は、後者の地位に基づき、会社の人的・物的資源を総動員しても生産技術の改良考案を試みてその効率を高めるように努力すべき具体的任務を有していると解されるから、その者が右技術につき考案や意匠の創作を完成した場合には、具体的な便益供与の有無・程度について検討するまでもなく、その考案や意匠は、会社の役員としての職務に属する行為であると推定すべきである。

そして、右最高責任者以外の従業者等については、考案や意匠の創作をするに至つた行為が創作者の職務に属する場合とは、特に会社から考案や意匠の創作を命ぜられ、あるいは具体的な課題を与えられている場合に限られず、結果からみて考案や意匠の創作の過程となりこれを完成するに至つた思索的活動が使用者等との関係で従業者等の義務とされる行為の中に予定され期待されてその創作を容易にするため使用者等が従業者等に対し相当の便宜供与をした場合をも含むと解するのが相当である。

(四)  前掲疎甲第二三号証と審尋の全趣旨によれば、債権者は、債務者会社の設立以来少くとも昭和五六年二月まで会社の技術部門担当の最高責任者たる地位にあつたことが一応認められる。

(五)  そして、本件実用新案権の実用新案公報の「考案の詳細な説明」によれば、本件考案は、河川の水位調査等に使用する油圧式倒伏ゲートの改良に係り、ゲートの設置に付随して生ずる河床落差を僅小にすると共に、ゲートの据付並びに保守管理の容易化を可能とした油圧式倒伏ゲートに関する技術的創作であることが認められる。

(六)  右(三)の法理に鑑み、右(一)、(二)、(四)、(五)の各認定事実によれば、債権者は、前記(一)〈3〉の要件が充足されることが明らかである。

8(一)  なお、債権者は、再抗弁として、本件考案が完成したのは河川機工の時代であつてその当時債務者会社は債権者の完全な個人会社で、債権者と別個の法人格を有しなかつた旨主張するけれども、前掲疎甲第二三号証、成立に争いない疎甲第二六号証によつてはこれを一応認めるに足りず、他にこれを疎明するに足りる証拠はない。

却つて、債務者は、前記4認定のとおり法人としての実体を有していた。

(二)  また、債権者は、再抗弁として、日工株式会社の資本参加により日工ゲート株式会社(債務者)は、河川機工株式会社とは別個の法人格になつた旨主張するけれども、前掲疎甲第二三号証によつては未だこれを一応認めるに足りず他にこれを疎明するに足りる証拠はない。

従つて、債権者の右再抗弁は失当である。

(三)  さらに、債権者は、再抗弁として、本件考案につき債務者から職務考案の成立を肯定するに相応しい便益の供与を受けなかつたから債務者は通常実施権を取得しえない旨主張する。

しかし、債権者は、前記認定のとおり終始債務者会社の技術部門の最高責任者の地位にあつた者であるから、右7(三)の法理に鑑みると、全く会社から便益供与を受けず、独力で創作を行なつたというような特段の事情が存しない限り、再抗弁は成り立たないと解するのが相当である。

しかし、本件全証拠を検討しても、これを一応認めるに足りる疎明はない。

従つて、債権者主張の再抗弁はすべて失当である。

9  以上の次第であるから、債権者の本件考案は、いわゆる職務考案に該当するといわねばならないから、債務者は、実用新案法九条三項、特許法三五条一項により、本件考案につき通常実施権を取得したことが明らかである。

第二本件意匠について

一  本件意匠権に基づく差止請求権の発生について

1  申請理由(1)ニ、ホは、当事者間に争いがない。

2  右認定事実によれば、債務者がその主張にかかる通常実施権を取得しない限り、債権者は、債務者に対し、債務者が本件第二物件を製作し、販売し、据付工事をする等の行為について本件意匠権による意匠法三七条所定の差止請求権を取得しうることが明らかである。

二  職務意匠による法定実施権の発生について

債務者は、本件意匠権による通常実施権を取得した旨主張するので検討する。

1  職務意匠とは、〈1〉従業者等が創作した意匠で、〈2〉それが性質上使用者等の業務範囲に属し、〈3〉かつその意匠を創作する行為が、従業者等の現在又は過去の職務に属するものをいうと解するのが相当である(意匠法一五条三項、特許法三五条)。

2  そして、職務意匠について従業者等が意匠登録を受けたときは、使用者等は、その意匠権について通常実施権を取得することができる(意匠法一五条三項、特許法三五条一項)。

3  債権者は、前記第一の二3ないし5のとおり、右1〈1〉の要件が充足されることが明らかである。

4  前記第一の二6(一)、(二)の認定事実、右一1の認定事実によれば、本件意匠が債務者会社の業務範囲に属することが明らかであるから、債権者は、右1〈2〉の要件が充足されるということができる。

5(一)  本件意匠の完成時期について、債務者は昭和五九年八月と主張し、債権者はこれを昭和五八年夏頃と主張する。

(二)  そして、前記認定のとおり債権者は、昭和四四年八月以来右いずれの時期までも債務者会社の代表取締役の地位にあつたものである。

(三)  前記第一の二7(三)のとおり。

(四)  前掲疎甲第二三号証と審尋の全趣旨によれば、債権者は、債務者会社の設立以来少くとも昭和五八年夏頃まで会社の技術部門担当の最高責任者たる地位にあつたことが一応認められる。

(五)  そして、本件意匠権の対象たる物品は水門扉であることは前記認定のとおりであるから、仮に債権者が会社から具体的な課題として本件意匠の創作を命ぜられていなかつたとしても、本件意匠は、結果からみて意匠の創作の過程となりこれを完成するに至つた思索的活動が使用者等との関係で従業者等の義務とされる行為の中に予定され期待されている場合に含まれていると解されるのである。

(六)  右(一)ないし(五)の各事実によれば、債権者は、右1〈3〉の要件が充足されることが明らかである。

6  以上の次第であるから、債権者の本件意匠は、いわゆる職務意匠に該当するといわねばならないから、債務者は、意匠法一五条三項、特許法三五条一項により、本件意匠につき通常実施権を取得したことが明らかである。

第三結論

結局、債権者は、本件実用新案権及び本件意匠権に基づく差止請求権を取得するに由ないから、右各差止請求権の取得を前提とする本件仮処分申請は、その前提たる被保全権利の存在を欠き、かつ事案の性質上疎明に代わる保証を立てさせて右申請を認容することも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 辰巳和男)

第一目録

別紙図面Aは油圧式倒伏ゲートの縦断側面図、図面Bはその部分的断面図であり、これらの図面に示すように水路底壁2に適宜の横方向間隔で並設した複数の支持枠3と前記支持枠3の前部に載置固定され且つ適当な横方向間隔で複数の螺着ブラケツト5を取付けた横置桁材4と前記各ブラケツト5にゲート枢軸7によりその下縁を起伏自在に枢着され、且つ上部後面側にブラケツト6aを固設した略平板状のゲート6と前記ブラケツト6aにシリンダー本体8bがシリンダー枢軸9により回動自在に枢着された単筒式油圧シリンダー8と前記支持枠3の後方部に固着されてピストンロツド10の先端をピストンロツド枢軸12により回動自在に枢着すると共に、前記ゲート6が所定の最大仰角度で完全に起立したときにはピストンロツド枢軸12が前記シリンダー枢軸9の中心を通る垂直線と前記ゲート枢軸7の間に位置し且つ前記ゲート6が完全に倒伏したときにはピストンロツド10の軸線が水平線に対して角度αだけ上向きに傾斜する位置に前記ピストンロツド枢軸12を支持する取付金物11と前記ゲート6の裏面側に固着され、前記ゲート枢軸7と同軸線上に配設したスイベルジヨイント14aを介して油圧作動源へ接続すると共に、前記シリンダー枢軸9と同軸線上に配設したスイベルジヨイント14bを介してシリンダー本体8bへ接続した油圧配管13とより構成した油圧式倒伏ゲート。

以上

第1図

第2図

第二目録

別紙図面cに示すような形状を有する水門用扉

以上

第三目録

実用新案

名称      油圧式倒伏ゲート

出願      昭和五六年四月九日(同年第五一八三七号)

出願公告    昭和六〇年六月二〇日(同年第二〇六五六号)

登録      平成元年四月四日(同年第一七六五七六五号)

登録請求の範囲 別紙実用新案公報の「実用新案登録請求の範囲」記載のとおり

以上

第4図

第2図

第1図

第3図

実用新案公報

実用新案出願公告  昭六〇―二〇六五六

公告        昭和六〇年(一九八五)六月二〇日

考案の名称 油圧式倒伏ゲート

前置審査に継続中

実願     昭五六―五一八三七

出願     昭五六(一九八一)四月九日

公開     昭五七―一六四一三〇

昭五七(一九八二)一〇月一六日

考案者    岩宮利政

明石市大久保町高丘七丁目三―一三

出願人    岩宮利政

明石市大久保町高丘七丁目三―一三

代理人    弁理士 長石義雄 外二名

審査官    杉本功

参考文献   実公 昭五〇―二四〇二九(JP、Y1)

実用新案登録請求の範囲

水路底壁2に適宜の横方向間隔で並設した複数の支持枠3と‥前記支持枠3の前部に載置固定され且つ適当な横方向間隔で複数の螺着ブラケツト5を取付けた横置桁材4と‥前記各ブラケツト5にゲート枢軸7によりその下縁を起伏自在に枢着され、且つ上部後面側にブラケツト6aを固設した略平板状のゲート6と‥前記ブラケツト6aにシリンダー本体8bがシリンダー枢軸9により回動自在に枢着された単筒式油圧シリンダー8と‥前記支持枠3の後方部に固着されてピストンロツド10の先端をピストンロツド枢軸12により回動自在に枢着すると共に、前記ゲート6が所定の最大仰角度で完全に起立したときにはピストンロツド枢軸12が前記シリンダー枢軸9の中心を通る垂直線と前記ゲート枢軸7の間に位置し且つ前記ゲート6が完全に倒伏したときにはピストンロツド10の軸線が水平線に対して角度αだけ上向きに傾斜する位置に前記ピストンロツド枢軸12を支持する取付金物11と‥前記ゲート6の裏面側に固着され、前記ゲート枢軸7と同軸線上に配設したスイベルジヨイント14aを介して油圧作動源へ接続すると共に、前記シリダンー枢軸9と同軸線上に配設したスイベルジヨイント14bを介してシリンダー本体8bへ接続した油圧配管13とより構成した油圧式倒伏ゲート。

考案の詳細な説明

(産業上の利用分野)

本考案は河川の水位調整等に使用する油圧式倒伏ゲートの改良に係り、ゲートの設置に付随して生ずる河床落差を僅小にすると共に、ゲートの据付並びに保守管理の容易化を可能とした油圧式倒伏ゲートに関する。

(従来の技術)

本件考案者は先きに第3図及び第4図に示す油圧式倒伏ゲートを考案し、実公昭五〇―二四〇二九号としてこれを公開している。

即ち、当該油圧倒伏ゲートは、水路の底壁Aに適宜の間隔で並設した支桟枠Bの前部に、螺着腕Cを介して門扉Dの下縁を門扉枢軸Eにより起伏自在に枢着すると共に、前記門扉Dの後方上部に、油圧シリンダFのピストンロツドG先端をロツド枢軸Hにより、また、前記支桟枠Bの後部に、油圧シリンダFの基部下端を取着腕Iを介してシリンダ枢軸Jにより、夫々回動自在に枢着して構成されており、ピストンロツドGを伸縮させることにより、門扉Dの開閉が行なわれる。

前記油圧式倒伏ゲートは構造が簡単なうえ、小容量の油圧シリンダーで軽快に門扉の開閉ができ、秀れた実用的効用を有するものである。しかし乍ら、当該油圧式倒伏ゲートにも、解決すべき問題点が多く残されている。

第一の問題は、ゲートの設置に付随して発生する河床落差の問題である。第3図に示す如く、この種の油圧式倒伏ゲートに於いては、門扉Dの倒伏時に油圧シリンダFを門扉Dの裏面側に収納するため、必然的に上・下流の河床間に落差H′を必要とする。何故なら、門扉Dの裏面側だけを掘り下げて河床に油圧シリンダFを収納するための窪部を形成した場合には、土砂類が逆流して窪部内に除々に堆積し、門扉の開閉が円滑に出来なくなるからである。

而して、当該油圧式倒伏ゲートに於いては、一定のゲート引越し力F′を得るために、門扉Dが完全に倒伏した時に、油圧シリンダFが水平方向に対して角度αだけ傾斜した状態となる様に取付けねばならず、加えて実公昭五〇―二四〇二九号では、油圧シリンダーFの基部下端を枢軸Jにより軸支して、径の大きなシリンダ下端部を回動するようにしているため、枢軸Jの中心高さLをシリンダ外径1/2より大きくしなければならず、相当大きな河床落差H′を必要とすることになる。その結果流れ勾配の緩い河川では、ゲート下流側の河床を長距離に亘つて掘削しなければならず、またそれに応じて河川堤も高くなり、土木工事費の高騰を招来することになる。

第二の問題はゲートの保守管理と据付に手数を要するという問題である。従前からこの種油圧式倒伏ゲートに於いては、シリンダの下端部を底壁Aへ枢着すると共に、油圧関係配管を全て水路コンクリート底壁内に埋設し、油圧シリンダFの近傍で底壁Aより立上げ、可撓管等によりシリンダFへ接続する方式が一般的に行なわれている(実公昭五〇―二四〇二九、実公昭四〇―二一四〇五等)。しかし、油圧配管を水路コンクリート底壁A内へ埋設した場合には、油圧管路の補修に手数が掛かるうえ、ゲートの据付に際して油圧配管のみを別途に施工しなければならず、工期の短縮や作業工数の削減を図り得ない。

第三の問題はゲートの据付等の簡単化の問題である。実公昭五〇―二四〇二九号に於いては、前部に螺着腕Cを、また後部に取着腕Iを配設した支桟枠Bを一定間隔で水路底壁A上に平行に配設し、これに門扉Dを軸支する構成としているため、支桟枠Bの芯出しに手数が掛かり、ゲートの据付精度を高め難いという問題がある。

(考案が解決しようとする問題点)

本考案は従前のこの種油圧式倒伏ゲートに於ける上述の如き問題、即ち〈1〉大きな河床落差H′を必要とすること、〈2〉油圧配管の保守管理並びに施工に手数が掛かること及び〈3〉ゲートの据付工数が増え且つ据付精度の向上を図り難いこと等の問題を解決し、河床落差の減少、油圧配管の施工並びに保守の容易化及びゲート据付の簡単化等を可能にした油圧式倒伏ゲートを提供するものである。

(問題点を解決するための手段)

本考案は、水路底壁に適宜の横方向間隔で並設した複数の支持枠と‥前記支持枠の前部に載置固定され且つ適当な横方向間隔で複数の螺着ブラケツトを取付けた横置桁材と‥前記各ブラケツトにゲート枢軸によりその下縁を起伏自在に枢着され、且つ上部後面側にブラケツトを固設した略平板状のゲートと‥前記ブラケツトにシリンダー本体がシリンダー枢軸により回動自在に枢着された単筒式油圧シリンダ‥前記何れかの支持枠の後方部に固着されてピストンロツドの先端をピストンロツド枢軸により回動自在に枢着すると共に、前記ゲートが所定の最大仰角度で完全に起立したときにはピストンロツド枢軸が前記シリンダー枢軸の中心を通る垂直線と前記ゲート枢軸の間に位置し、且つ前記ゲートが完全に倒伏したときにはピストンロツドの軸線が水平線に対して角度αだけ上向きに傾斜する位置に前記ピストンロツド枢軸を支持する取付金物と‥前記ゲートの裏面側に固着され、前記ゲート枢軸と同軸線上に配設したスイベルジヨイントを介して油圧作動源へ接続すると共に、前記シリンダー枢軸と同軸線上に配設したスイベルジヨイントを介してシリンダー本体へ接続した油圧配管とを考案の基本構成とするものである。

(作用)

ゲートが倒伏状態にあるとき、油圧シリンダーの作動によりピストンロツドが伸長すると、シリンダー枢軸9に反力Fが作用し、F′=Fsinαの引上げ力がゲートに作用する。その結果、ゲートはゲート枢軸を支点として上方へ引上げられ、伸長状態の油圧シリンダーによつて裏面側から支持される。

次に、油圧シリンダによる支持を解決すると、ゲートは順次倒伏し、ピストンロツドも縮退する。ゲートが略水平状態にまで倒伏すると、油圧シリンダはゲートの後面側に、水平方向に対して傾斜角αを保持した状態で収容されることになる。

(実施例)

第1図は本考案に係る油圧式倒伏ゲートの縦断側面図であり、第2図は油圧式倒伏ゲートの背面図(但し下流側より見て左側半分は図示せず)である。

図に於いて、1は水路側壁、2は水路コンクリート底壁、3はチヤンネル鋼等を組合せて形成した支持枠であり、前記水路コンクリート底壁2内に埋設・固定されている。また、4はH型鋼等より成る横置桁材であり、前記支持枠3の前部上方(上流側の上方)に載置固定されている。5は、前記横置桁材4の後縁側(下流側)に適宜の横方向間隔で螺着した複数のブラケツトであり、該螺着ブラケツト5に、ゲート6の下縁がゲート枢軸7により回動自在に枢着されている。

前記ゲート6の後面側上方には、適宜の横方向間隔でブラケツト6a、6aが対向状に固着されており、両ブラケツト6a、6aは、その中心線が前記支持枠3の中心線と一致するように配設されている。

8は単筒式の油圧シリンダであり、シリンダ本体8bの略中央部がトラニオン・リング8aを介してシリンダ枢軸9により、前記ブラケツト6a、6aへ回動自在に枢着されている。又、単筒式油圧シリンダ8のピストンロツド10の先端は、前記支持枠3の後方側に固定した取付金物11に、ピストンロツド枢軸12により回動自在に枢着されている。

前記ピストンロツド10の先端を取付金物11へ回動自在に枢着するに際しては、ゲート6が所定の最大仰角度(一般に60°ないし70°程度)で完全に起立した時には、ピストンロツド枢軸12の中心がシリンダ枢軸9の中心を通る垂直線とゲート枢軸7の間に位置し、且つ前記ゲート6が完全に倒伏した時には、ピストンロツド10の軸線が水平方向に対して一定の傾斜角αを持つように、前記取付金物11の取付位置を決定する。

尚、ゲート6の上部後面側にシリンダ本体を枢着する手段、及び該枢軸9の油圧シリンダ軸心線上における位置などは、図示の実施例に拘束されることなく、適当に決定することができる。13は、前記ゲート6の裏面側に固定した油圧配管であり、複数個の油圧シリンダ8、8の作動を同期・連動させるために、所謂パラレル状の回路となつている。

なお、図中13aは水路側壁1内に設置され、図示しない油圧ポンプや油圧タンク等の油圧作動源に連通する油圧配管、14aはゲート枢軸7と同軸線上に配設したスイベルジヨイント、14bはシリンダ枢軸9と同軸線上に配設したスイベルジヨイント、15はゲート後面側に予かじめ固着した油圧配管13とコンクリート底壁2等に埋設した油圧配管13aとの現地における取合個所を夫々示すものである。

また、本考案は上記した実施例に限定されるものではなく、必要とあれば、たとえば、油圧シリンダを複動式にしたり、ゲートを多段倒伏式にするなどその要旨の範囲内で種々の設計的変化、変更を容易に施しうるものである。

本考案の一実施例は、上述のように構成されており、該ゲート6を必要に応じて所望どおり起伏させるには、それら各油圧シリンダ8に対する圧力油の供給ないしは排出量を方向切換弁(図示せず)の操作で制御することにより、それらピストンロツド10を伸長または縮退させればよい。

すなわち、たとえば第1図において一点鎖線で示されている完全な倒伏状態にある油圧シリンダ8〔通常は単動式でよい〕の上部室(図面では図示しないピストンの右側)に圧力油を送給することで、ピストンロツド10を油圧シリンダ8内から伸長させると、この場合、それら各油圧シリンダ8に作用している負荷は実質にすべて均等であるから、分配された圧油は各油圧シリンダ8内に、同じ速さ、流量で、導入せしめられることから、この伸長はきわめて同期的に行なわれ、ピストンロツド枢軸12の中心を基点とした油圧シリンダ8の軸心方向Aに力Fが作用する。

そうすると、ゲート6にはF′=Fsinαのゲート引起し力が作用し、倒伏状態にあつたゲート6の上部が押し上げられ、ゲート枢軸7を中心として、ゲート6は水路両側壁1の間を反時計方向に回動、起立して行き、所定の仰角度で、該水路を完全に閉鎖するにいたる。

ところで、ゲート6を押し上げ回動せしめる間、ピストンロツド10には反力Rが作用するが、該反力Rは水路コンクリート底壁2内に埋設固定した支持枠3によつて受け止められ、ゲート6はピストンロツド10の伸長と共に極めて円滑に回動・起立する。

また、ゲート枢軸7とピストンロツド枢軸12とシリンダ枢軸9の三点は、三角形状の一種のトラスト構造を構成し、ゲート6、横置桁材4、支持枠3、油圧シリンダ8およびピストンロツド10が荷重を分担若しくは協同して支承し合い、充分な強度を発揮する。その結果、ゲート6に大きな水圧による荷重が作用しても破壊、損傷することなく、長期間にわたる使用に堪えることができる。

更に、本考案に係る油圧式倒伏ゲート6は、油圧シリンダ8のピストンロツド10により直接に押し上げ回動せしめる構造にしてあるため、リンク等を介在させた型式のものより摩擦損失が小さく、したがつて、比較的小型、小容量の油圧シリンダ8によつても、軽快にゲート6を起伏回動させることが可能である。

(考案の効果)

(1) 単筒式油圧シリンダ8のシリンダ本体8bをゲート6側に、また、そのピストンロツド10の先端を支持枠3側に枢着する構成、即ち比較的外径の小さなピストンロツド10側を支持枠3に枢着する構成としているため、傾斜角αが同じであれば、大径のシリンダ本体8b側を支持枠3へ枢着する場合に比較して、それだけ河床落差を小さくすることができる。換言すれば、ゲート6のすぐ上流側と下流側との河床落差は非常に僅小であつても差支えがなく、従来公知公用の他の方式の油圧式倒伏ゲートの設置が不可能またはきわめて困難な環境、条件下にある地点においても、ほとんどなんらの拘束や技術上の障害も受けることなく工事を施工できるだけでなく、油圧配管工事なども一層簡単、容易になし得るなどの顕著な効果を発揮させることができる。

又、同じ上・下流間の河床落差が許容される場合には、ゲート全開時に於けるシリンダの傾斜角αを大きく設定することができ、より大きなゲートの引起し力F′を得ることができる。

(2) ゲートの上部後面側に油圧シリンダ8のシリンダ本体8bを、また支持枠3側へピストンロツド10の先端を夫々枢着すると共に、両スイベルジヨイント14a、14bをゲート枢軸7及びシリンダ枢軸と同軸線上に配設する構成としているため、油圧配管13をゲート6の後面側へ取付け、これを油圧駆動源及びシリンダ本体8b側へ回動自在に容易に連絡することができる。その結果、油圧シリンダ、油圧配管系統の保守、点検、整備をきわめて容易に行なえ、それらが故障もしくは破損した場合の修理、取替えも簡単に行えるので、維持管理費の大幅な削減を図り得る。

また、支持枠3、横置桁材4、ゲート6、油圧シリンダ8ならびにピストンロツド10および所要の油圧配管、方向切換弁などはすべて、工場内で一体的に結合装置し、1セツトとして組立てた後、ゲートの無負荷開閉テストなどを行ない、完全な製品の形で出荷することができ、据付現場に於ける作業能率が大幅に向上する。

(3) 水路のコンクリート底壁2内に適宜の横方向間隔で複数の支持枠3を埋設固着すると共に、該支持枠3に一本の横置桁材4を横架し、この桁材4に螺着ブラケツト5を介してゲート6の下縁を枢着する構成としているため、支持枠3の埋設固着に多少の誤差があつても、横置桁材4側の各ゲート枢軸7の軸芯は全く狂わず、実公昭五〇―二四〇二九号の如く、横置桁材4を使用せずに支持枠3へ直接ゲートを枢着する場合に比較して、ゲート据付工数の削減、据付精度の向上を図ることができる。

図面の簡単な説明

図面は本考案に係る油圧式倒伏ゲートの一実施例を示すもので、第1図はその要部の縦断側面図、第2図はその部分的背面図である。第3図及び第4図は、公知の油圧式倒伏ゲートの縦断側面図及び部分背面図である。

1……水路両側壁、2……水路底壁、3……支持枠、4……横置桁材、5……螺着ブラケツト、6……ゲート、6a……ブラケツト、7……ゲート枢軸、8……単筒式油圧シリンダ、8a……トラニオン、リング、8b……シリンダ本体、9……シリンダ枢軸、10……ピストンロツド、11……取付金物、12……ビス、13……油圧配管、13a……埋設配管、14a、14b……スイベル・ジヨイント。

第四目録

意匠権

意匠に係る物品 水門扉

出願      昭和六〇年一〇月一一日(同年第四二八一七号)

登録      昭和六二年四月七日(同年第七〇九三六四号)

登録意匠の範囲 別紙意匠公報記載のとおり

以上

意匠公報

意願   昭六〇―四二八一七

出願   昭六〇(一九八五)一〇月一一日

登録   昭六二(一九八七)四月七日

創作者  岩宮利政

明石市大久保町高丘七丁目三―一三

意匠権者 岩宮利政

明石市大久保町高丘七丁目三―一三

代理人  弁理士 岩越重雄 外一名

審査官  関陽一

意匠に係る物品 水門扉

説明   左側面図は右側面図と対称にあらわれる。

第五目録

旧実用新案

名称      水門扉の油圧開閉装置

出願      昭和四二年一二月二一日(第一〇七二六五号)

出願公告    昭和五〇年七月一九日(同年第二四〇二九号)

登録請求の範囲 別紙実用新案公報の「実用新案登録請求の範囲」記載のとおり

以上

実用新案公報

実用新案出願公告  昭五〇―二四〇二九

公告        昭和五〇年(一九七五)七月一九日

水門扉の油圧開閉装置

審判     昭四七―八六七二

実願     昭四二―一〇七二六五

出願     昭四二(一九六七)一二月二一日

考案者    岩宮利政

名古屋市中区七本松町一の三九

出願人    日豊工業株式会社

豊田市御船町申原八七

代理人    弁理士 伊藤毅

図面の簡単な説明

図は本考案の実施例を示すもので第1図は要部の縦断側面図、第2図は同上の一部を示す背面図である。

考案の詳細な説明

本考案は下部に回動支点を有する水門扉を開閉するための油圧シリンダーのロツドストロークを小さくする様に設定して小型の油圧シリンダーの使用を可能ならしめた水門扉の油圧開閉装置に関するものである。

ここに、本考案の構成を図面に基ずき以下詳細に説明すると、水路両側壁1の間に設けられた底壁2には両側幅方向に適宜間隔で複数の支桟枠3を設置すると共に夫々の支桟枠3の前部に固着した螺着腕4には門扉5の下縁を門扉枢軸6により後方に起伏自在なる様に枢着し、門扉5の後上部には両側幅方向に適宜間隔で配置した複数の油圧シリンダー7のピストンロツド8の上端をロツド枢軸9により回動自在に枢着すると共に夫々の油圧シリンダー7の基部下端は支桟枠3の後部に固着した取着腕10にシリンダー枢軸11により回動自在に枢着するに当り、門扉5が所定仰角度に起立した際のロツド枢軸9の中心を通る垂直線より門扉枢軸6に同軸とならない様に近づいてシリンダー枢軸11を支桟枠3の後部の取着腕10に枢着することにより構成したものである。

本考案は前記の様に構成されるために門扉5を必要に応じ起伏せしめるには油圧シリンダー7に対する圧力油の送入、帰戻によりピストンロツド8を進出、後退して動作させるものである。

この作用は油圧シリンダー7への圧力油の送入によりピストンロツド8が進出すると、ピストンロツド8の進出軸線方向に力Pが加わる。

しかし、門扉5の下縁は蝶着腕4を介して支機枠3の前部に門扉枢軸6により枢着されていると共に門扉5の後上部にロツド枢軸9により枢着したピストンロツド8を有する油圧シリンダー7の基部下端は支桟枠3の後部にシリンダー枢軸11により枢着されているために、ロツド枢軸9から門扉枢軸6に至る距離とシリンダー枢軸11から門扉枢軸6に至る距離とはロツド枢軸9と門扉枢軸6とシリンダー枢軸11とを結ぶ三角形を形成する三辺のうちの長さ不変な二辺を構成し、残る他の一辺であるロツド枢軸9からシリンダー枢軸11に至る距離はピストンロツド8の進退により長さが変化する。

そのためにピストンロツド8が進出して軸線方向の力Pが加わると軸線方向に直角な分力P′が生じ、この分力Pにより倒伏状態にある門扉5の上部が押し上げられ、門扉枢軸6を中心として門扉5は回動起立し、水路両側壁1の間を所定仰角度で閉じるものである。

そこで、ピストンロツド8の進出による分力P′により門扉5の上部を押し上げ回動せしめる際に油圧シリンダー7にはピストンロツド8の進出軸線方向の力Pに反対方向の反力Wが働きこの反力Wはシリンダー枢軸11及び取着腕10を介して支桟枠3に伝達され、支桟枠3の応力により支承するために油圧シリンダー7は確実に支えられてピストンロツド8の延伸により門扉5が極めて円滑に上昇回動する。

さらに、油圧シリンダー7のピストンロツド8の進退により門扉5を起伏回動せしめる際、及び所定仰角度に起立した門扉5の前面に加わる水圧により門扉5、油圧シリンダー6に荷重が与えられた際には門扉枢軸6とシリンダー枢軸11とを夫々枢着した間の支機枠3による一辺、門扉枢軸6とロツド枢軸9とを夫々枢着した間の門扉5による一辺、ロツド枢軸9とシリンダー枢軸11とを夫々枢着した間の油圧シリンダー6による一辺が三角形状を構成しているために一種のトラス構造となり、門扉5、支桟枠3、油圧シリンダー7が互いに力を分散し合うので門扉5に大なる荷重が加わるも、他の構造部分に伝達して全体の応力により支承し、従つて高い強度を発揮して破壊、損傷を解消し、長期間に亙る設置使用に堪えるものである。

また、門扉5を油圧シリンダー7のピストンロツド8により直接に押し上げ回動する構造のために、リンク等を介在した構造より摩擦損失が小さく、小容力の油圧シリンダー7にても軽快に門扉5を起伏回動出来て簡単な構造となり効率が良く経済的に設置することが出来る。

その上、油圧シリンダー7の基部下端を支桟枠3の後部に取着腕10を介してシリンダー枢軸11により枢着するに当り、所定仰角度で起立した門扉5後上部のロツド枢軸9を通る垂直線より門扉枢軸6に同軸とならない様に近づけてシリンダー枢軸11を配置したので、門扉5を後方に倒伏せしめる場合、油圧シリンダー7のピストンロツド8を収縮すれば、倒伏した門扉5の後面に重なる様にして油圧シリンダー7は倒伏状態で収まるものである。

しかも、門扉5を油圧シリンダー7の進出するピストンロツド8により押し上げ回動せしめる場合には、シリンダー7の基部下端のシリンダー枢軸11が所定仰角度で起立した門扉5後上部のロツド枢軸9を通る垂直線より門扉枢軸6に同軸とならない様に近づけて配置されているものと共に油圧シリンダー7の本体の長さに進出するピストンロツド8の長さを加算した値が必要な上昇ストロークとなるために、油圧シリンダー7はピストンロツド8を延伸した際の長さがロツド枢軸9から門扉枢軸6に至る長さより僅かに大であれば良く、従つて、小型の油圧シリンダー7にても門扉5を起伏回動せしめることが出来ると共に倒伏した門扉5の後面に収縮した油圧シリンダー7が重なつて都合良く収まるものである。

尚、所定仰角度で門扉5が起立した際に門扉枢軸6からロツド枢軸9を経てシリンダー枢軸11に至る様に結んだ線により形成される2辺角を10°~30°に設定してシリンダー枢軸11を配置するのが実験上最も好ましいものであつた。

また、適宜間隔で配置した支桟枠3に門扉5の下縁を軸着すると共に門扉5を起伏回動する油圧シリンダー7も支桟枠3に軸着されているために支桟枠3、門扉5、油圧シリンダー7が一体的にまとまつた構造となり、従つて工場で全体を製造した後にその製品を所定場所に運搬し、直ちに設置することが出来る。

従来の支桟枠3の無い水門扉の油圧開閉装置では設備、条件等の不利な現地据付を行なわねばならず、手間が掛つて工期は延長し、良好な精度に組立て設置することが出来なかつたが、これに反し、本考案の装置では工場に於いて組立て製造出来るために、油圧シリンダー7の取着位置及び門扉5との関係を門扉5の起立仰角度、倒伏位置等に対して正確に調整出来ると共に高い精度で簡単且つ迅速に据え付けることが出来て経済的に有効である。

実用新案登録請求の範囲

水路底壁に適宜間隔で並設した複数の支桟枠の前部には螺着腕を介して門扉の下縁を門扉枢軸により起伏自在なる様に枢軸し、門扉の後上部には適宜間隔で配置した複数の油圧シリンダーのピストンロツドの上端をロツド枢軸により回動自在に枢着すると共に夫々の油圧シリンダー基部下端は支桟枠の後部に取着腕を介してシリンダー枢軸により回動自在に枢着するに当り、門扉が所定仰角度で起立した際のロツド枢軸の中心を通る垂直線より門扉枢軸に同軸とならない様に近づいてシリンダー枢軸を配置することにより構成した水門扉の油圧開閉装置。

引用文献

特公 昭三八―二四一三二

特公 昭四〇―二一四〇五

第1図

第2図

第六目録

意匠権

意匠に係る物品 水門用扉

出願      昭和四三年一二月一三日(同年第三七四九四号)

登録      昭和四六年三月三一日(同年第三二九八四四号)

登録意匠の範囲 別紙意匠公報記載のとおり

以上

意匠公報

出願     昭四三・一二・一三

意願     昭四三―三七四九四

登録     昭四六・三・三一

創作者    岩宮利政

名古屋市中区七本松町一の三九

意匠権者   水健工業株式会社

名古屋市中区不二見町二三の一村橋ビル

代理人    弁理士 伊藤毅

意匠に係る物品  水門用扉

説明       左側面図は右側面図と、底面図は平面図と同一にあらわれる。

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